2011.12.31

☆2011年12月31日☆

「『鐘の音』より深く美しい音楽を書くことは不可能だ。」

まもなく、2011年の今年も暮れようとしています。
今年は、東日本大震災があり、人との“絆”がいかに大切かを気づかせてくれた年でした。
冒頭のことばは、初代「題名のない音楽会」の司会者・黛敏郎さんのことばです。
12月31日になると、「除夜の鐘」を聞くたびにこのことばを思い出します。
私の住んでいるところは、城下町なので、毎年、お城の方角から聞こえてくる、鐘の音を聞くことができます。
この鐘の音こそが、“究極の音楽”だと思いながら、新たな年を迎えます。

皆様どうかよいお年をお迎え下さいませ。

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2011.10.22

☆東武野田線の大宮駅の・のだにゃん子?☆

先日、春日部駅へ行く用事のため、東武野田線に乗りました。
始発の大宮駅にあるポスターが目に留まりました。
ポスターには、
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大宮駅の ねむり猫!?

と書いてあり<線路に猫がいる>ことを知らせるものでした。

名前は、おおみにゃ~ん
住所は、2番線ホーム改札口寄りの電車がこない線路脇
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とありました。本当にいるのかなと半信半疑で2番線ホームを覗いたところ、
寝ている猫を発見しました。黒と白のパンダ猫でとてもカワイイ姿で寝ていました。
そこの場所だけ、お日さまの光に照れされていて、何か神々し感じがしました。
そこで一句、

枯草に命まあるく眠る猫

猫がこのままで、皆に温かく見守られて、命長らえて欲しいと思いました。

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2011.10.13

☆木曜8時のコンサート~名曲!にっぽんの歌~☆

新時代にテレビ東京が世に送る、超大型新歌番組。
「木曜8時のコンサート~名曲!にっぽんの歌~」の第1回目の観覧に行ってきました。
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場所は、さいたま市文化センターです。

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出演の歌手は、
木下八郎、大月みやこ、冠二郎、北島三郎、島津亜矢、水前寺清子、鳥羽一郎
畠山みどり、氷川きよし、藤あや子、美川憲一、美樹克彦、都はるみ、ロス・プリモス(50音順)の皆さん。
司会は、宮本隆治さんと、松丸友紀アナウンサーのお二人。
会場へ行く途中で猫に出会いました。
そこで一句、
木8(もくはち)と名付けし猫や歌日和

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氷川きよしファンクラブのお姉さま方のライトの振り方には圧倒されました。
始まる直前、木8だけあって、16時08分から始まりました。
8は末広がりなので、とてもいい時間に始まったと思いました。
CM中の宮本隆治アナウンサーの雑談も会場のお客さんを和ませるものでした。
番組の冒頭で美空ひばりさんからのメッセージが流れていて、とても良かったです。
一首、
新時代歌番組の開幕はやはり美空の声ではじまる

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2011.10.01

☆第九のジンクス☆

2011年9月25日のテレビ朝日「題名のない音楽会」では、クラシック音楽界最大のジンクスで知られている。「第九のジンクス」を取り上げていました。

※第九のジンクスとは、ベートーヴェン以降、交響曲第九番を書き終わると、亡くなるといわれています。

「第九のジンクス」は、いろいろと考えさせる内容でした。作曲家マーラーにとって、ベートーヴェンの第九番の“壁”(死ぬかもしれない恐れとマスターピースを作らなければならないプレッシャー)は、ベートーヴェン信奉者のマーラーにとって、とても悩ましい問題だったと痛いほど分かります。マーラーにとって、第九番目となる交響曲「大地の歌」には、敢えて番号を付けなかったのも頷けます。
第九番目の交響曲は、作曲家にとって、集大成の作品であり、精も根も尽き果てても、最高の作品を作曲しなければならないものなのでしょう。あのベートーヴェンの第九と同等以上の作品を作るとなると相当大変だと思います。
マーラーにとって第10番目となる作品、でも「第九番」と名付けた作品をもって、マーラーが亡くなってしまったのは皮肉な結果でした。

作曲家上がりの曲に第九番交響曲が用意されをり

おそらく、“第九番”とういう名には、何か神秘めいたものがあるような気がします。私は、ベートーヴェンの“第九番”にその神秘が存在していると思います。あの第九の交響曲は、日本人にとって、その年の締めくくりに聴く感覚がありますが、この現象は、日本だけに定着していると聞きます。いろいろな事情で、年末に演奏されることが多かった第九ですが、定着したのには、やはり日本人の感性がそれを求めていたからだと思います。それは、

“何かものごとが終わり、新たな始まり”


をこの第九から感じ取っていたのでしょう。おそらく、この第九は、“何かものごとが終わり、新たな始まり=新たなステージへみんなで行くための交響曲のような気がします。内容からそれはいえると思います。(ベートーヴェンにとって、新たな始まり=新たなステージとは何か。理想郷=天国だったのでしょうか?)そのことをなぜか日本人が一番認識して理解しているか不思議ですが、そう思います。

この番組は、日曜の朝のオンタイムで見ていますが、マーラーの交響曲第九番・第四楽章・アダージョが始まった瞬間に家の近くの電信柱に一羽のカラスが止まりカアと鳴き、演奏が終わったら、飛び立ったのです。いままで、日曜の朝に見ていてそういうことがなかったので、驚きました。私にとってカラスは、死のイメージがあります。やはり、マーラーの“第九番”にも、終わりのにおいをこのカラスは感じ取ったのでしょう。もっとも、この第九番は、「死」をテーマに作られているので、当然といえば当然ですが。特にこの第四楽章の最後の小節は、ドイツ語でersterbend(死に絶えるように)に書かれていますが、カラスもこのことを敏感に感じ取ったのでしょうか?
果たしてこの第九のジンクスは越せないのか、越した作曲家の一人にショスタコーヴィチがいます。ショスタコーヴィチは、第九番に重厚壮大な曲にしないで、敢えて軽妙洒脱にして、このジンクスを破ったそうです。第九番に重きを置かなかったのがよかったのかもしれません。

第九番越すに越せないジンクスをポンと越したるショスタコーヴィチ

何はともあれ、この年の暮れは、東日本大震災が起きた日本では、いままでの古い価値観が終わり、新たな価値観への幕開けになりそうです。大転換期の真っ只中の日本で、ベートーヴェンの第九を聴きながら、“新しい時代をめくりましょう!!”

第九聴き時代をめくる年の暮

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2011.09.17

☆東日本大震災から、はや半年☆

2011年9月11日のテレビ朝日「題名のない音楽会」の番組では、
「震災から半年~今、音楽にできること」と題して放送されていた。
なかなか考えさせる内容だった。この番組を見て、私なりに“音楽”になにができるか考えてみた。
東日本大震災から、はや半年が経った。まだ、まだ、復興まで遥か彼方に感じるが、ようやく、一歩一歩と復興へ向けて歩み出してきたようだ。

東日本大震災後のまだ間もないころ、「音楽」の持つ秘められたパワーに触れることがあった。避難所となっていた体育館で、本来卒業式で歌うはずだった「歌」を子どもたちがその体育館で合唱していたテレビの映像が流れていたのを見た。その歌声を聴いていた被災者の一人が、ほおに一筋の涙がほおを濡らしていた。泣くつもりではなく自然に流れる涙。私はそれを見ていて「音楽」は、心を浄化(カタルシス)できる作用があると思ったのである。

第二次世界大戦後の沖縄では、三線(サンシン)の楽器を作るためにアメリカ軍から、配給された食料品が入っていた缶の空き缶で、三線の胴材として作ったと聞く。(※この三線は、カンカラ三線というらしい。)
また、古くは関東大震災の折り、詩人の西条八十は上野の焼け野原で、少年の吹くハーモニカの音色に癒されて、歌謡曲を手掛けるきっかけとなった。
沖縄の人々もこの少年も、なにもかも失った中で、「音楽」を無意識に求めていた。おそらく、「音楽」には、哀しみを「癒し」、そこから、「希望」へと導くプロセスがあるからだろう。「音楽」のこの効果を意識せずに沖縄の人々も少年も、音色を奏でることができた。たぶん、私たちの人間の中には、「音楽」のこの効果をDNAが知っているかだろう。のどが渇いたから、水を飲む感覚で、「音楽」を求めていたのである。「音楽」は、むしろ非日常の時こそが、「音楽」の効果が最大限に発揮される感じがする。

よく、音楽家が被災者を元気にするつもりで演奏をしていて、逆に自分たちが元気をもらったと話を聞く。なぜ、こういうことが普段のライブより起きるのだろうか。おそらく、非日常の時の方が、演奏する人も、観客も「音楽」の「感度」が高くなっているからだと思う。また、「感度」が高くなっているので、「音楽」の本来の姿が純粋に現れるからだろう。その上、演奏者と観客の<心の響き合い>に音楽の神様が応えてくれるからだと思われる。

今後、被災地へ行った音楽家と行かない音楽家に差が出てくるだろう。なぜなら、「音楽」の「原点」に触れている音楽家にかなわないからだ。おそらく、現地へ行っている回数が多い演奏家は、ぐーんと音楽家として伸びていくであろう。われらの佐渡裕氏は、今後も現地へ行って、支援を継続していくといっているので、今後、大きく化けるであろう。(私の秘かな楽しみ)
「音楽」は、心の復興を担う。音楽家に課せられた使命を音楽家は応えていって欲しい。そう思わせる番組であった。

音楽家思ふ以上に音楽は
偉大なパワー秘められてをり

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2011.08.27

☆竹橋で科学の夏を学びけり☆

竹橋で科学の夏を学びけり
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2011.07.18

☆なでしこジャパン・W杯 初優勝おめでとうございます!!☆

よくやったなでしこ力で初優勝 大塚美佳

朝早く起きて、応援したかいがありました。
家族と共に、“なでしこジャパン”の初優勝の瞬間を目の当たりできて、とてもうれしかったです。

\(~o~)/\(~o~)/

彼女たちの最後の最後まであきらめないスピリッツには、脱帽でした。

“なでしこジャパン”で、また日本がひとつになった感じです。

この結束力で、震災の復興に向けて、日本はがんばっていけそうです。

がんばろう 東北!! がんばろう、日本!! (^O^)/

“タフさ”と“勝負強さ”で、世界一を制したなでしこジャパン。*JFA news 2011年6月号より

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2011.06.17

☆埼玉名物・ガリガリ君☆

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この夏もガリガリ君でがんばろう 大塚美佳

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2011.05.03

☆上野とはパンダの街よ風薫る☆

*上野松坂屋百貨店にて


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ばったりとさくらパンダに会った日は

何かいいこと起きる気がする 大塚美佳

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2011.03.27

☆助け合う心が救う日本国☆

このたびの東北地方太平洋沖地震で被災された皆さまに、心よりお見舞いを申し上げます。そして、お亡くなりになられた方々のご冥福を心よりお祈り申し上げます。
また、現在も危険を顧みずに救援活動をしている方々にエールを送ります。

地震が起きた2011年3月11日は、私は、国会中継を見ていました。
途中で<地震速報>のテロップが出たので、タンス等が置いていない何もない部屋に避難をしていました。地震が来るのが事前に分かっていても、いつもと違って、段々と揺れが酷くなってきて、居間にあった本箱等が倒れていき、ものすごく怖かったです。揺れが収まってから、次の余震が来る前に、取り敢えず、マンションの外に出た方がいいと思い、外に出ようとしたところ、本箱がボッキと真っ二つに壊れていて、外に出る通路を塞いでいて、出ることが出来る状態ではなかったです。しかし、次の余震でこのマンションが持つかどうか分からないので、必死の思いで、その壊れた本箱の上を何とか乗り越えて、外に出ることができました。それから、コンビニで必要になりそうなものを買いに行くことにしました。帰り掛けに雨がぱらついて来ました。それと同時にものすごい突風のような、何とも言えない不気味な異様な強い風が吹きつけて来ました。いままでに感じたことのないような<風>でした。今から思うと、あの<雨>と<風>は、あの時に亡くなられた大勢の人々の無念の涙雨であり、そして、あの風は、三途の川の風なのでしょうか。

未だに、余震、原子力事故など不安な状況が続いておりますが、神仏の加護に縋って、祈るのみです。
この未曽有の大災害は、日本人が一致団結して乗り越えていけます。
がんばろう、日本!!

※今、我が家で地震が起きた時から、役立っているものを紹介します。地震が起きた日の夜は、停電でした。その時、<情報>と<明るさ>をもたらせてくれた、「SONYの手回し充電ラジオ」です。電池が切れても、手回しで充電できる優れものです。その上、携帯電話の充電も出来て、ライトも付くのです。未だに役立っています。


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壊れた本箱を片付けていたら、ふと石川啄木の『悲しき玩具直筆ノート』が目に留り、
パラパラと捲っていたら、この歌が飛び込んできた。

新しき明日の来るを信ずといふ
自分の言葉に
嘘はなけれど

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«☆枝野幸男官房長官が、我が家の前に来た日!!☆