★「長沼健さん・追悼」
日本サッカー協会最高顧問の長沼健さんがお亡くなりになりました。享年77歳。
心からご冥福をお祈り申し上げます。
長沼さんは、元日本サッカー協会会長や、埼玉スタジアム2○○2場長などをはじめ、数々の役職に就いていました。
2002年の日韓W杯開催の折、世界30ヶ国を回り、(約地球19周)、W杯誘致に向けて多大な貢献をした方です。私もその際、W杯のメディアのボランティアとして、参加していました。
もし、長沼さんの貢献がなければ、おそらくW杯の誘致は出来なかったと思います。
そして、史上初の日韓共同開催のW杯の大成功もなかったでしょう。
奇しくも亡くなった日は、6月2日。
その日は、日本A代表にとっては、絶対に負けられない試合、ワールドカップ南アフリカ大会アジア3次予選でした。日本代表は、長沼氏の死を悼み、腕に喪章を巻いて、試合に臨み、3対0で見事オマーンに勝ちました。最後の方では、日産スタジアムにかなりの雨が降り注いでいて、まるで長沼さんの死を悼んで泣いているかのように見えました。
試合終了後の岡田武史監督はインタビューで、長沼さんの死について触れ、「長沼さんも喜んでくれていると思う」と語っていました。
私は、2003年3月9日、埼玉スタジアム2○○2のサッカー講座「サッカーは楽しい!これからがキックオフ」で会ったことがあります。
とても控えめで、紳士的な人と感じました。
日本のサッカーの一時代を築いた人の早すぎる死を惜しみます。
これからも長沼さんのDNAは、日本のサッカーに残っていくことでしょう。
そして、サッカー講座のタイトル通り、
「サッカーは楽しい!これからがキックオフ」。
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母・澄子(談)
「長沼さんの思い出としては、2003年3月9日、埼玉スタジアム2○○2のサッカー講座「サッカーは楽しい!これからがキックオフ」で会ったことがあり、サッカー場で記念写真を撮る際、私と娘(美佳)とご一緒に撮ったことがあります。
記念写真を撮る際に、長沼さんは、私たちを真ん中にして、長沼さん自身は、端のほうに立って写真を撮りました。
その時、温かみのある、温厚な人柄だと感じました。お亡くなりになり、とても残念です。ご冥福を心からお祈り申し上げます。」
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