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2008.10.25

☆「日本代表VSウズベキスタン代表」戦の試合を振り返る☆

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2008年10月15日(水)、この日、埼玉スタジアム2○○2で、FIFAワールドカップアジア最終予選の第2戦「日本代表VSウズベキスタン代表」の試合が行われた。
この日の試合は、ホーム初戦とあって、大勢のサポーターが集まった。
その数に実に55,142人だった!
この大勢の声援もあって、なんとか相手に先制点を取られたもののドローで試合は終わった。
本当は勝ちたかった試合だったが、とりあえず負けなかったのでよしとする。
しかし、このドローは、ホーム初戦としては珍しいことである。
日本がW杯予選のホームで勝てなかったのは、1997年10月のフランス大会最終予選のアラブ首長国連邦戦に引き分けて以来だからだ。
それだけ、W杯予選の試合は、どれ一つ簡単な試合がないことが分かる。

私は、この日、埼玉スタジアム2○○2で、2002年の日韓W杯でボランティアをした人々を中心にした、サッカーのボランティアとして、大会運営の一人として参加していた。
ボランティアをする前には、全体ミーティングがあり、今回の大会ついての説明があり、身につけているものに若干の注意があった。
スポンサーサイドの関係で、某メーカーのA社のマークのついているものは、まずいのでなるべく目立たないようにすること。場合によっては、ガムテープで隠すとのこと。
靴は、目立たないので構わない。そういった注意事項だった。
そして、大会運営の成功を握る、笑顔と元気で業務について下さいと言われた。
ボランティアの携わる場所での印象が、サッカー全体のイメージにつながるので、気を引き締めて配置につく。

今回は、主に観客の人を、席に案内する業務だった。
いかに、迅速に席のある場所を的確に案内するのが、この業務のポイントである。
開場前には、念入りに席の配置を頭にたたき込んで、それこそ、メモに席の番号を書いて必死に覚えた。また、近くの場所に何があるのかの把握を頭に入れる。喫煙場所、トイレ、救護所などである。
二人で配置場所につくのだが、二人で大体NHKホールの約半分の1500人くらいの人を案内するので、これがなかなか大変なのである。
一人一人を丁重に案内していると、次々とサポーターが押し寄せてくるので、間に合わない。そんなジレンマを抱えながら、迅速に案内に努めた。特にキックオフの前後が一番忙しい時間帯で、それこそ、次々とチケットを差し出されて、それらに対応しなければならなかった。試合が始まると大声援に案内の声がかき消されるので、大きな声で、それこそ身振り手振りで案内をした。
すべてのサポーターの方が、席の位置を聞くわけではないので助かる部分もあるが、あまりの忙しさを見て聞くことが出来なかったかも知れないが・・・。
これは一番忙しい時間帯のことであるが、開場間もない暇な時間帯では、写真を取り合っている人に声をかけて、写真を撮って差し上げたりとサービスに努めた。
試合終了後間際では、シミズオクトの人に(※シミズオクトとは、大会を支えている会社。そこのアルバイトの人に)、紙の応援フラッグの回収を手伝って欲しいと言われて協力をした。そして、サポーターの方を見送りつつ、「ただいま応援フラッグを回収していますので、ご協力をお願いしまーす!」と声をかけながら、箱には、まばらながらその応援フラッグが入って来た。中には、沢山の応援フラッグを手渡してくれた人もいた。おそらく、この人は、周辺に散らばって落ちてた応援フラッグを自主的に回収して、渡してくれたと思われる。ちょっとしたボランティアで、偉いサポーターの方であると感心した。
だいぶサポーターの方々も帰ったので、そろそろボランティアの解散時間となった。大体試合終了後約一時間くらいである。
ほぼ一日、立ちっぱなしだったので、終わったあとはくたくたである。
毎度、毎度のことであるが、覚悟をして行っていても、やはり、疲れがどっと体にくる。
今更ながら、体力のなさを実感するが、これも日本代表のサッカーのためと割り切る。
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*ちなみに、マンション手前に写っているバスが、メディアバスです。昼間撮影


帰りは、行きと同じ、「メディアバス」に乗せてもらって、浦和美園駅まで送ってもらった。(※メディアバスは、本来メディア関係者が乗るためのバスだが、特別にボランティアの人も乗っていいことになっている。)

バスが発車するまで時間があり、しばらく停車していたところ、運転手さんに「もう、すぐ発車しますか?」と乗車口で聞く人がいて、運転手さんは「まもなく、発車します。」と答えていた。
バスもその頃はかなり混んでいて、私が来たときと違って座ることは出来ずに、立っている人がかなりいた。
私が来たときも、ちらほらとしか席が空いていない状態だった。その中で、前の方の席では、運転手の真後ろか、乗ってすぐの右側の席、前から2番目の席が空いていた。
どっちにしようかと迷いつつ、何となく運転手の真後ろの席に座った。
いつもバスを乗るときは、滅多に運転手の真後ろに座らない私だったが、他が空いていなかったこともあり、座ることになった。

それがあっと驚く展開になったのである。
なんと、まもなく発車すると聞いて、すぐ乗り込んできた5、6人の中に、BSファン倶楽部にコラムを寄せていた、NHKの町田右アナウンサーがいたのである。
こんなところで、あの2002年のW杯以来、実に6年ぶりに会うとは、思いもよらなかった。(※2002年のW杯当時、私は、メディアサービスのボランティアをしていたので)
他には、望月啓太アナウンサーもいた。あとの人は、デスク、あるいは、ディレクターなのかと思った。
たまたま、運転手さんの真後ろに座ったので、乗ってくる人の顔がすぐに分かった。
世にも奇妙な、不思議な出来事である。今まで、数々とメディアバスに乗ってきたが、NHKの方とは一度もお見かけしたことはなかった。
町田アナウンサーの顔色をパッと見たところ、少々お疲れ気味だったので、席を譲ろうかと思ったが、私自身も疲れていたので、譲るほどの体力がもはや残っておらず、心の中で詫びながら譲るのをやめた。本来メディアバスは、メディアの方のバスなので、ボランティアがのほほんと座っているのもどうかと思ったが、アメリカ公民権運動のローザ・パークスの時代ではないので、そのまま座ることにした。
その上、一人だけに譲るのも、変に思われるし、女の人に譲られるのも、どうかと思ったからだ。
私も、大会運営側の一人なので、声をかけることもなく、ただ見守っていた。

しかし、後々にこの町田アナウンサーらに、私自身が間接的に助けられることになる。
それも本人たちが知らぬ間にである。
それは、バスが浦和美園駅に着いてからのことであった。

バスは、埼玉スタジアム2○○2から、浦和美園駅まで、いつもなら大体10分もかからないのだが、その日は、ホーム初戦とあって、ものすごい渋滞をしていて、約40分くらいかかって到着した。

駅前の入り口から、中のロータリーまで行くまで、約10分くらいかかった程で、浦和美園駅前は、タクシー、その他の車で大混雑をしていた。その上、サポーターの方もまだ大勢いてごった返していた。

バスが着いてから、一斉に降りて、皆一目散に駅へ向かった。時は既に午後10時45分すぎであった。
この時に、町田アナウンサーらに間接的に助けられたのである。駅に入るまでの道のりがいろいろとあり、サポーターが大勢並んでいるところと、エレベーターのところがまず私の目に入った。
私は、最初、エレベーターのところから、行こうとしたのだが、ふと町田アナウンサーらに目がいくと、違う方向に行くのが目に入った。あっち側は、確か閉鎖されていると思いこんでいた私だったが、ひょっとしてと思い、後を付けて行くことにした。
やはり、閉鎖はされていなかった。この分、時間をロスすることなく、スムーズに駅の構内に入ることが出来たのであった。あのエレベーターも、かなりの人がいたので、もしあのまま並んで乗っていたら、かなり時間をロスしたと思われる。

本当に、助かった。地獄で仏に会うとは、まさにこのことと実感した。
町田アナウンサー、本当にありがとうございました!!
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*問題の入口は、ちなみにこの入口です。昼間撮影


構内で帰り際の写真を撮らしてもらいました。
あくまでも、このときは、一視聴者として撮影。
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*慌てて撮ったので、ピンぼけしています。

そこで一首、

人混みに紛れて帰る男たち

日本代表の中継終えて

本当にお仕事お疲れ様でした!!
 
そして、辺り見回して見て、印象に残ることがあった。
人混みでごった返す中で、駅員が懸命に誘導していた姿が目に焼き付いた。
試合終了しても、まだ大勢のサポーターの方で、混み合う構内で、乗客の安全を第一にロープ規制や、スピーカーで誘導していたからだ。
いつもの混み具合では、なかったので、いつ何があってもおかしくないと感じるほどの混み具合の中である。
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*混み合う改札前


そこで一首、

駅員は声張り上げて誘導す

彼ら駅員の日本代表


そうこうしているうちに何とか、改札を通ることが出来た。その頃には、あまりの混雑にNHKの方を見失う。
また、そこから、プラットホームまでの道のりも、すごい人なので行くのが大変だったが、人に押される感じで、一番後ろの階段で何とか、プラットホームに行くことが出来た。
プラットホームに行くと、右手に最終の日吉行きが停車していたが、かなりの混みが具合だったので乗るのをやめて、次の列車を待つことにした。

*そこでの写真。
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また、そこでも、慌ててかけ出して、駅員が誘導していた姿を見たり、列車が入ってくるときにも、「皆さん、柵から手や顔出さない下さーい!」とアナウンスが連呼されていた。
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*写真は、階段に、プラットホームに降りきれずに待つ人々。一番後ろの方です。

そこで一首、

乗客の安全のため駅員は

一人一人が獅子奮迅す

本当に、浦和美園駅の駅員は、仕事とはいえ、頑張っていたとつくづく思った。
大会関係者の一人として、頭が下がる。そして、感謝の気持ちでいっぱいになる。

そして、午後11時13分の白金高輪行きに何とか乗ること出来て、その上、一番前に並んでいたので座ることが出来た。
この列車に乗っていても、印象的なことが次々に起きた。
子供を抱えた、女の人が私の隣の席に一端座ったのだが、何を思ったか再び立ち上がり、次の駅で開く扉の方に行ったのであった。おそらく、あまりの混雑なので、子供連れなので降りられないことを懸念しての母親としての行動と思われる。
確かに、私の隣に座った女性の方も、次で降りられるかなと不安の様子だった。
それだけ混み合う車内だった。私の人生の上で、これだけの超満員列車は、はじめての経験である。
さらに、発車寸前に、何とか乗り込もうとする男の人がいて、車内から「おじさん、もう無理だよ!」と声が上がった。結局、その男の人は、乗車することは出来なかった。
これだけ、超満員列車の車内は、クーラーがガンガン効いていても、人の熱気で蒸し風呂状態だった。

次の、東川口駅で半数以上がどっと降りて、ようやく普通の混み具合の列車となった。
ある男の人が、思わずため息混じりの声として、「あのままどうなるかと思った。」と胸をなで下ろしていた。
また、私の前に立っていた男性も、かなりの疲れた様子で、何度か手に持っていた鞄を落としては拾ったりしていて、しがみつく感じで手すりにぶら下がっていた。
「なかなか席が、空かないなあ~」と愚痴もこぼしていた。
私も、先ほどから、書いているとおり、バタンキュー状態なので、とても席を譲っている場合ではなかった。

おそらく、会社帰りで、日本代表を懸命に応援していて、あの混雑で大の男の人でも、くたくたになったのであろう。そう思うとなんともいえない気持ちになった。

私と前の人とは、偶然にも同じ駅で降りた。
私は、そこから、違う列車に乗って、何とか親戚の家に泊まることが出来た。
終電がなくなる約50分前であった。

こんな思いで、サポーターの方々が帰ったので、今度の11月19日のアウェーでのカタール戦では、何が何でも勝って欲しいと願わずにいられない。

厳しいカタール戦ですが、皆さんの応援が力になります。
あなたの声援が、日本代表をアシストします。
どうか引き続き、今後とも変わらぬご声援をよろしくお願いいたします。

絶対に勝ち点3を目指して、我らは日本代表は、カタール戦(ドーハ)へ旅立つでことでしょう。
いってらっしゃい、勝つために!!

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