☆サッカー報道写真展・東京日本橋三越本店☆
2009年3月17日火曜日
東京日本橋三越本店に行って来ました。
そこで、「サッカー報道写真展~国際大会『キリンカップサッカー』にみる日本サッカーの歴史と2010年へむけての日本代表~」が、17日のこの日から、3月22日まで開かれています。(入場無料)その記念として日本サッカー協会名誉会長の川淵三郎氏の講演があり、それを聴きに行ったのです。
平日の夜にもかかわらず、沢山の人々が集まって、瞬く間に席は一杯になりました。立ち見が出るほどの大盛況でした
幸いなことに、私は写真をじっくり見るためにかなり早めに行ったので、かろうじて席に座って見ることが出来ました。
特別講演会のタイトルは、「Dream 夢があるから強くなる」です。

講演の中身は、いままでのキリンカップの歴史30年を振り返りながら、進化し続けて行った日本代表の足跡を雄弁に語っていました。
講演の中で、こんなクイズもありました。
第一回のキリンカップ1978年から2009年までの30年間で、どれくらいの監督がいたのか、会場にいた人に問いかけたのです。私は分からなかったので答えませんでしたが、ある人が「30人!」と答えました。この答えは、残念ながらはずれで、
<答えは、15人です。>※但し岡田監督は重複しています。
このキリンカップの監督経験者は、大体日本代表の監督をしているそうです。ただ川淵さん自身は、日本代表の監督の経験があるのですが、このキリンカップでは監督の経験がなかったそうです。
このキリンカップこそ、監督・選手にとって一つの試金石だったのです。いかに価値のある大会か分かる話でした。
キリンカップが始まった1970年代は、サッカーはあまり人気の競技ではなく、マスメディア関係の報道は、一部の報道機関を除いてほとんど報道されることがなかったそうです。また、日本代表を招集しても、その当時の選手は、ほとんど日本代表に行きたがらないほどだったそうです。それには、ちゃんとした理由があり、それは、その当時の日本代表は、試合に出ればほとんど負けていて、出る価値を見いだしにくい時代だったからです。
その低迷するサッカー界に、旋風を起こしたのが、カズやラモスたちだったのです。
このカズとラモスが出た、1991年のキリンカップで、はじめて日本代表が3勝して優勝したそうです。
これらの人たちの活躍と1993年にスタートしたJリーグが、日本代表が躍進的に飛躍させていったのです。
特にカズの貢献がものすごいもので、川淵さんは、大絶賛していて、印象に残った話を二つほどしていました。ある時、カズ選手自身が、相手のタックルを受けて負傷した部分を洋服をめくって見せてくれたことがあり、その体全体にドス黒い打撲の痛々しい感じは、忘れることが出来ないそうです。
もう一つは、フランス大会で日本代表を落ちた時の態度で、一切いいわけをしなかったこと。これは、なかなか出来ないことで、その人間性の大きさは、後のサッカー選手が見習うべきと私は思いました。
川淵さんは、カズは、「日本の宝だ!」とベタ褒めしていました。
その時のカズのコメント、「僕の夢はフランスに置いてきた。」は、夢を追い求めて行った開拓者の強い思いを感じさせます。そして、夢を持つことでこれだけ強くなれることを物語る話だと思いました。残念ながら、カズの夢は、叶うことが出来なかったのですが、大きな夢を持って、頑張ることの大切さを教えられました。例え、その夢が叶わなくても、その過程で得られる物は、その人自身を強くさせて、その人自身を成長させるものだなとつくづく思いました。だからこそ、<夢>を持つことが大切なのです。
夢を持つことで、人生をより豊かで、実りの多いものにするからです。
私は、ノーベル賞の小柴昌俊氏の「『いつかこれができたらいいな』という将来の目標の卵を持つといいですよ」といっていたことと同じだなと思いました。
まだまだ、いろいろ書きたいこともありますが、最後に、今一番気になる、今後の日本代表について、2010年W杯へ向けて8試合あり、日本は、5勝2敗1引き分けで勝つと予想していました。
可能性を信じて、頑張ることで、無限の可能性が開けて行く。
福島県猪苗代町の「野口英世記念館」に、野口博士のロボットがあり、その野口博士ロボットが、「頑張れば、夢は叶う!」と。
きっと2010年のW杯に日本は、行けることでしょう。
その前に3月28日(土)の日本代表vsバーレーン代表で、しっかりと応援することが私たちに求められています。頑張れ!!日本代表!!
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